2009年03月17日
渋谷 デリヘル嬢 知久 の、ぶろぐ秋田犬
秋田犬に闘犬種としての前身があったなんて…知りませんでした。
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秋田犬の祖先犬は、「秋田マタギ」と呼ばれるマタギ犬(山岳狩猟犬)である。元来日本犬には大型犬は存在せず、秋田マタギも中型の熊猟犬であった。 江戸時代、出羽国北部の秋田地方は、佐竹氏によって治められた。佐竹氏は関ヶ原の戦いの後に常陸国から転封された外様大名であり、江戸幕府によって藩内の築城や武力の向上が厳しく規制されたため、慶長年間の1630年ごろより、藩士の闘志を養うためとして闘犬を奨励した。佐竹家では久保田城の佐竹東家を中心として、一族の西家、北家、南家を、それぞれ大館、角館、湯沢に配したが、特に佐竹西家(小場家)の治める大館地方では闘犬が盛んとなり、体が大きく強い犬を望む人々の手によって、マタギ犬と土着犬などの交配が行われた。この犬が秋田犬の原種となるが、当時は「大館犬」と呼ばれたようである。
時代が移っても秋田の闘犬熱は衰えず、明治時代になると、他の地方の犬種や外国産の大型犬種との交配が、積極的に行われるようになった。明治30年ごろからは、秋田と並んで闘犬の盛んであった高知県から土佐犬が入ってきており(その後土佐犬は洋犬と交配を行って大型化する)、さらに日清戦争以降は、南樺太へ渡った人たちが持ち込んだ樺太犬や北海道犬も入っている。
一方、洋犬種としては、まず小坂銅山のドイツ人技師の飼い犬であったマスティフと思われる犬や、明治中期以降には、ジャーマン・シェパード・ドッグやグレート・デーンなどとの交配も行われた。これによって大型犬としての秋田犬が誕生したが、この時、立耳、巻尾といったスピッツタイプ本来の特徴は、大なり小なり失われている。
江戸、明治と盛んに行われた闘犬だが、明治も末の1908年、社会的弊害に鑑みて、ついに県下に闘犬禁止令が発令された。警視庁が闘犬・闘鶏・闘牛を禁止するのが1916年(大正5年)7月26日のことであり、それに8年も先駆けての禁止令は、県下での白熱ぶりを偲ばせる。洋犬との雑化によるタイプの乱れに、闘犬禁止令、洋犬人気の高まりなどが重なって、秋田犬にとっては不遇の時代がしばらく続いた。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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